法改正であなたの遺伝子情報はどう扱われるのか? ~内閣府のパーソナルデータ研究会に行ってきた(後編)

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こんにちは。ヨネツキです。

前編に引き続き、個人情報の話題です。


前編をアップしてみたところ、友人(男性)から、「個人情報なんてマイナーなテーマじゃなく、『セクハラになりそうでならないフレーズ20選』というテーマで書いてくれ」と言われました。

なんでしょう、都議会議員にでもなるつもりでしょうか。


この友人が何を求めているかはさておき、ひとつ反論したいのは、個人情報は別にマイナーではなく、むしろセクハラよりも身近な話題かもしれないということ。

パスワードやカード情報、遺伝子情報まで、知らないうちに私たちは個人情報の世界にどっぷり浸かっています。

というわけで、いま、個人情報をめぐる法改正がどのように進んでいるのかは重要なテーマだといえます。レポートを続けましょう。



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4.個人情報をめぐるロジカル・パズルの行方は?


前編で書いたように、2013年の秋から「パーソナルデータに関する研究会」が開かれて、法改正にむけて何度も会議が開かれてきました。


・・・その結果、個人情報をめぐる議論は、おそろしく複雑なロジカル・パズルの世界に突入しました。


その中身を無理やり数行で圧縮してみますと・・・もともとあった「個人情報」という概念に加えて、「個人情報」という概念が提案されたり、法律の運用をきちんとするための「第三者機関」を充実させることが提唱されたり、日本の法律だけではなくEUのデータ保護規則やアメリカの消費者プライバシー権利章典とも整合させなければアカンと言われたり、情報を完全に匿名化できる技術はありうるのかがセキュリティ専門家によって検証されたり、そもそも個人の「識別」と「特定」ってどう違うんだっけ? と原点に帰ったり・・・それはもう多岐にわたって、しかも深い論点ばかり。


↑こんな乱暴なまとめ方だと業界の怖い人から怒られるような気もしてきますが、ともあれ中身の濃い議論が続きました。


ただ、パズルはやがて解かれなければいけません。


あまりにも議論が広がったせいか、政府の事務局の方が途中で議論を1枚の図にまとめられました(第7回研究会の資料より)。
これはありがたいですね。みなさんもどうぞご覧ください!



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なんやこれ


機微情報って何?とか、個人特定性低減データってどういうもの?などと、この図を1つずつ説明する力は私にはありませんし(「準個人情報」は実質消えたそうですし)、もし説明をはじめると、今度こそみなさんはこのブログをそっと閉じてしまいますので、やめておきます。


ひとつ言えるのは、このまま細かいロジックを延々つめていっても、袋小路にはいってしまうだけで、法律になるまでに何年もかかりそうだということ。せっかくスパートをかけたのに。


それでは、今回の会議は、どうやって袋小路を抜け出したのでしょう?

いよいよ本題に戻れました。

こんなロジカル・パズル合戦のなか、今回の会議では、何をどこまで「決めた」のでしょうか?


5.今回の会議では何が決まって、何が決まってないの?


結論からいうと、今回の会議では、具体的な法律それ自体ができたわけじゃありません

法改正にむけての大方針を書いた「制度改正大綱」なるものを、委員のみなさんの同意のもとで、正式決定しただけでした。


つまり、法律を本格的につくる作業はこれからです。


私はロクに予習していなかったので、そんな事情は知らないまま、「今日はどんなバトルがあるのだろう」とワクワクしていました。

しかし、会議がはじまっても、政府の担当者がwordの修正履歴のある「大綱」案をボソボソ説明されるだけ。中身はいかにも行政文書という感じで、味気ないフレーズが淡々と並んでいますし、委員のみなさんからのツッコミも、心なしか控えめなような・・・


あれ? バトルは・・・?


しかも、スタートから40分が経過して、ようやく委員の方々の発言が盛り上がってきたなあと思ったところで、とつぜんIT政策担当大臣の山本一太氏が入室。多忙なスケジュールの合間をぬって来られたようです。そして、テレビ局のカメラも入室。
そのタイミングで、議長は会議をいきなり終わらせて、ばたばたと「大綱」が最終決定されました。何だこれは。出来レースか


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無知な私はそのときようやく気づいたのですが、今回の会議は、「大綱」をガチで直す会じゃなくて、「大綱」にOKを出すことを前提に、今後も中身のある法改正を進められるよう、委員のみなさんが政府に念押しをする会なのでした。

そういうものなのかもしれませんが、何となくモヤモヤしたのも事実。ポール・マッカートニーの武道館公演で例えるなら、ポールが体調不良のなか口パクで3曲だけ演奏したあと、とつぜん終了した感じでしょうか。



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6.「大綱」にはどういう内容が書かれているの?


まあ、もっと予習してから傍聴に行け、という話なのですが・・・
ともかく、「大綱」は重要なメルクマールになる文書なので、気を取り直して、「大綱」に書かれた今後の法改正の方針のうち、大きなものを4つだけご紹介しておきましょう。

ここからしばらく真面目モードになりますので、バトル系の記事を読みたい人は他のサイトに飛んでください


【その1】 データの利活用のためには何をすればよいか?

企業がパーソナルデータの利活用を促進できるようにするため、「個人の特定性を低減したデータ」への加工や、本人の同意に代わる取扱いについて定めることになりました。

【その2】 法律ではどこまで決めるか?

法律では大枠を定めるだけにして、細かい内容は政省令や、民間の自主規制ルールにより対応することになりました。「個人情報」の範囲も明確にするそうです。

【その3】 法律の執行はどの機関が行うか?

独立した「第三者機関」(委員会)をつくって、企業への立ち入り検査や、民間の自主規制ルールの認定ができるようにするとのことです。

【その4】 今後の法改正のスケジュールは?

7月に、1ヶ月間ほどパブリックコメントが募集されます。
その後、秋から法律の条文がつくられて、来年の通常国会に提出される予定です。


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というわけで、この「大綱」をベースに据えつつ、業界関係者の方々は、来年まで法改正の動向をずっと見守っていかなければいけません。

ただ、「大綱」だけ読んでもピンと来ない方も多いと思います。


そんな方は、今回の会議で参考資料として配られた、全国地域婦人団体連絡協議会(地婦連)の意見書が「大綱」を批判的に検討されてますので、そちらもご覧になると論点がわかりやすいかと思います。

というか、ひさびさにテンションの上がる意見書を読んだ気がしました。地婦連の謎のポテンシャルはすごいですね。。。


7.将来、わたしたちの個人情報はどう扱われるのか?


私には地婦連ほど切れ味のいいことは言えませんが、最後に、新聞記事があまり触れていないような気づき事項を、3つほどコメントしておきましょう。

コメント1:「第三者機関」に丸投げ?

今回の「大綱」は、企業への立入検査や、民間の自主規制ルールの認定から、認証民間団体の認定まで、むずかしいタスクのほとんどを、「第三者機関」に丸投げしただけじゃないか、とも思えてきます。


委員の先生方も、そのあたりを非常に気にされていたようで、今回の会議の場でも、

「第三者機関には、民間団体にお任せしてハイ終わり、という形にはしてほしくない」

「充実した第三者機関にするための予算の確保は、半年前からずっと前から言ってたことだから、きちんと守ってほしい」

かつての公正取引委員会のように、機能していない委員会になるのは勘弁してほしい」

などと、たびたび念押しされていました。


組織の形としては、いわゆるマイナンバー法にいう「特定個人情報保護委員会」が改組されるそうですが、はたしてこの委員会にはどのような人物が呼ばれ、何億円ほどの予算が割かれるのでしょうか。


コメント2: 「機微情報」が重要?

次に、「機微情報」の取扱いも、けっこう重要な決め事だと思います。


「大綱」にいう機微情報とは、「社会的差別の原因となるおそれがある人種、信条、社会的身分及び前科・前歴等に関する情報」のことで、「個人情報にこれらの情報が含まれる場合は原則として取り扱いを禁止するなどの慎重な取扱いとすることについて検討する」とされています。


じつは私がこれを見て真っ先に思い出したのは、Googleのプライバシーポリシー(2014年3月31日ver)の、次の部分。

「Google では、広告をお客様のためにカスタマイズして表示する際、Cookie や匿名 ID を機密性の高いカテゴリ(人種、宗教、性的嗜好、健康など)と関連付けることはありません。」


はたして、日本の法律での「慎重な取扱い」とはどのようなレベル感になるのでしょう。

日本の企業も、Googleのスタンスにならって個人情報を取り扱うことになるのでしょうか。

センシティブなのに取扱いが禁止されないような情報は、はたしてあるのでしょうか。

 

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コメント3: 遺伝子情報はこれからどう扱われるのか?

最後になりますが、今回の会議で、私が個人的にいちばんグッときたコメントをご紹介します。


それは、医療関係者の委員の先生が、遺伝子情報について述べられたくだりでした。すこし長くなりますが、引用してみましょう。


「遺伝子情報というのは、本人だけでなく、子や孫にもかかわってしまう。ある家族を想定してみると、父親の遺伝子情報が何らかの形で取り扱われようとしているとき、息子は、何か手を打てるのだろうか? おそらく未来の世界では、『遺伝子情報による差別』という問題が生じるだろうし、それが何よりも大きな問題となるだろう。」


「ただ、これはそもそもプライバシーの問題ではなく、遺伝的な素因による差別の問題だ。だから、不当な差別を防止するような枠組みが、新たに必要なんじゃないだろうか。実際、アメリカではこういった差別に対策するための法律ができている。具体的な問題だし、ビジネスにも結びつくし、実際に被害がおこることが想定されるので、アメリカでは法律ができたのだろう。それに対して、日本の医療関係者は、まだ、安心して患者情報を使える段階にはいたっていないと思う。」


なるほど。
医療情報については、今回の「大綱」では、

「医療情報等のように適切な取扱いが求められつつ、本人の利益・公益に資するために一層の利活用が期待されている情報も多いことから、萎縮効果が発生しないよう、適切な保護と利活用を推進する。」

とだけ触れられていますが、10年後、20年後の世界で私たちの遺伝子情報がどう扱われるのか、注意して見守らなければいけませんね。


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8.あなたが守りたい個人情報は、どんな情報?


今日の記事も、またずいぶん長くなってしまいました・・・


冒頭のクイズの答えが知りたい方は、もう適当に検索してください


さて、ここまで読み終えた人は、おそらく個人情報マニアしかいないと思いますが、最後に、そんなあなたに1つ質問です。



【あなたが守りたい情報は、パスワード情報ですか? あるいはクレジットカード情報? それともプライバシー? 遺伝子情報?】


【「個人情報」というフレーズで一緒くたに語られがちですが、あなたが守りたいものは何なのか、突き詰めて考えてみたことはありますか?】



これから来年にかけて、個人情報の法律が見直されます。

来月には、パブリック・コメントで、みなさんの意見を政府関係者に届けることもできます。

これまでのロジカル・パズル合戦のなかでは、巷の人々の意見はほとんど上がっていないと思いますので、これがラストチャンスかもしれませんね。



みなさんもいちど、この機会に、「個人情報」の未来を考えてみてはいかがでしょうか?

長々と書いてみたこのブログ記事が、その一助になればうれしいです。

それではまた。



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この記事のライター
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ヨネツキ
六法をめくったり、契約書をいじったりする人。
(前編の続き)映画館に行ったら満員でした。ざんねん。。。
法律ネタの記事など担当。



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