国際映画祭でグランプリ! 『私の男』原作小説のトリッキーな仕掛けとは?

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                     ©2013「私の男」製作委員会

こんにちは、ヒノハラです。
先日、映画『私の男』を観てきました。
映画を見ている間中、一度も緊張が途切れることなく、見終わった後もしばらく座席から動けませんでした……。


この映画、先週末にロシアのモスクワ映画祭でグランプリ&最優秀男優賞を受賞し、大きな話題になっています。
原作は桜庭一樹さんの小説で、2008年に直木賞を受賞しており、この時にも話題となりました。


でも、映画も小説もここまで栄誉ある賞を獲っていると、気になることが。
「映画と小説、どの順番で楽しめばいいの???」

悩ましい問いですね。
というのも、映画と小説では、「全く別の作品」といっていいほど作品の見方が変わってしまうからなのです!
では、いったい何がそんなに違うのでしょうか?

※作品の内容やあらすじを知りたくない方、ここから先は読まないほうがいいかもしれません。

原作小説と映画は時系列が真逆!?


まずは、『私の男』原作小説のあらすじを見てみましょう。

『私の男』(桜庭一樹/著、文春文庫/刊)


╋ あらすじ ━━━━━━━━━
落ちぶれた貴族のように、
惨めでどこか優雅な男・淳悟は、腐野花の養父。
孤児となった10歳の花を、
若い淳悟が引き取り、親子となった。
そして、物語は、アルバムを逆から捲るように、
花の結婚から2人の過去へと遡る。
╋━━━━━━━━━━━━━━━

この小説を一言であらわすなら、
「父と娘の禁断の愛情を描く」作品です。

桜庭さんは、もともと、
アニメ化された『GOSICK』シリーズや、最近映画化された『赤×ピンク』のような、「少女」をテーマにした作品を書いていたため、
原作の発売当時、この作風の変化に驚いた人も多かったようです。

そしてこの小説を映画化したのが、熊切和嘉監督。
「父・淳悟」役を浅野忠信さん、
「娘・花」役を二階堂ふみさんが演じています。
6月から公開が始まり、先週末行われたモスクワ映画祭では、最優秀作品賞&最優秀男優賞をダブル受賞しました。


実は、この小説版と映画版、
ある意味別の作品と言っていいくらい、受ける印象が異なります。
というのも……
小説版では、
「ラストシーンから始まって、そこから時系列を逆にたどる」
という手法が取られているのです。


映画好きの方には、クリストファー・ノーラン監督の『メメント』や、
イ・チョンドン監督の『ペパーミント・キャンディー』を思い出して頂ければわかりやすいでしょう。
小説では、サラ・ウォーターズさんの『夜愁』や、
道尾秀介さんの「冬の鬼」(『鬼の跫音』収録)なども、似たような構成をとっています。

この手の作品では、ある意味で物語の結末は最初からわかっているので、
「登場人物たちの過去に何があったのか」が焦点となります。

目次を引用してみましょう。

 第1章 2008年6月 花と、ふるいカメラ
 第2章 2005年11月 美郎と、ふるい死体
 第3章 2000年7月 淳悟と、あたらしい死体
 第4章 2000年1月 花と、あたらしいカメラ
 第5章 1996年3月 小町と、凪
 第6章 1993年7月 花と、嵐

順番にさかのぼっていくのがわかりますね。
そんな原作に対して映画版は、
これを時系列順に戻しているんです。


つまり、
【小説と映画で、物語の進み方が真逆】
なのです!

例えば、原作では冒頭で「赤い傘を持った淳吾」が印象的に描かれるのですが、映画ではそのシーンは最後数分にあります。
こんな特殊な例、他にあまり無いと思います。
さて、前置きが長くなりましたが、
結局のところ、小説と映画、どちらが先のほうが良いのでしょうか?

おすすめの順番は「小説⇒映画」


結論から言えば、私のおすすめは、やはり小説からです。
ポイントは3つあります。


①「過去に遡る」原作の構成がトリッキーで面白いので、先にこちらを体験してほしいこと。


先にいくつか近い構成の作品を挙げてみましたが、「時系列が逆」というのは、そもそも類例が少ない構成です。
せっかくなので、まずはこの特殊な構成を味わってみてほしいところです。

②映画版はやや場面が飛び飛びになっていて、原作を知らないと「行間を読む」必要があること。


これも原作の「特殊な構成」に理由があるのですが、要は原作では「時間」が飛び飛びになっているのですね。
なのでこれを時系列順に戻した映画では、いつの間にか1993年から1996年に、そしてまた2000年にと、いきなり時間がジャンプします。
しかも、説明もなく登場人物が増えてたり、別の場所に移住していたりするので、
原作を知らないと、やや展開に戸惑ってしまうかもしれません。

③映画版には、原作を知っている人でもはっとする「オリジナルのラストシーン」があること。


桜庭さんは以前インタビューの中で、「なぜ原作では時系列を逆にしたのか」について、次のように語っています。


「時系列で書き進めればアンハッピーエンドですが、時間を遡ることで、輝く過去に戻ることができるんですね。」
引用:http://www1.e-hon.ne.jp/content/sp_0031_i_sakurabakazuki.html

つまり、原作小説を忠実に時系列順に再現したならば、ラストシーンは「アンハッピーエンド」になるはずです。
ところがこの映画では、エンディング(=小説の第一章ラスト部分)が大きく変更になっています。
それがハッピーエンドなのか、アンハッピーエンドなのかは、ぜひご覧になって確かめてみて下さい。
この「原作とは異なるエンディングを確かめる」という楽しみは、小説⇒映画の順番ならではのものですよ!

以上の3つの理由から、私は「原作小説⇒映画」の順番をオススメします。

とはいえ、
「浅野さんや二階堂さんの演技に一番興味がある!」
という人も、もちろんいるでしょう。
その場合は、
「時間がよくジャンプする映画だということ」
を頭に入れておけば、原作を知らずともそれほど混乱せずに見られると思います。
映画を先に観られる方は、参考にしてみてくださいね。

おわりに


今回は「原作小説を先に読む」ことをオススメしましたが、
映画版ももちろん小説に負けないくらいの魅力がたっぷりです。
最優秀男優賞を受賞した、浅野さんの演じる父のダメ男っぷりもさることながら、
妖艶を飛び越えて、気持ち悪ささえ感じてしまう、二階堂ふみさんの演技が素晴らしい!
気持ち悪いけど美しい、実際にいたら絶対近づきたくないのに、引き込まれてしまう。
この魅力は、ぜひ劇場で体験してみて欲しいです。

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この記事のライター
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ヒノハラ
ミステリとペンギンが好きな人。
原作『私の男』発売当時、はるばるサイン会に行った程度に桜庭一樹ファンです。
 
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