自分のことは自分で考える —『読書は格闘技』感想

こんにちは。ご無沙汰してます。ヨネツキです。
ひさしぶりにブログを書いてみます。


先日、瀧本哲史さんの新刊『読書は格闘技』が出たので、さっそく本屋で買ってきました。

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なんと最初のページから、読書に関連づけてオーディオブックがご紹介されていました(同書6p)。はじめての方にご説明すると、オーディオブックとは、「耳で聞く本」。ナレーターが本を朗読した音声バージョンのことです。

そこで、お返しというわけではありませんが、当ブログでも、知的刺激に満ちたこの新刊『読書は格闘技』の面白さについて、瀧本さんの意向とは関係なく勝手にご案内したいと思います。

読書=格闘技とは??


この本は、タイトルからもわかるように、瀧本氏が「様々なテーマについて、本を紹介し論評していく」(9p)というスタイルの書籍です。

瀧本氏は読書家・多読家としても知られています(このインタビュー記事によると、書店で"列買い"をし、月に20〜30万円分を書籍に投じているとのこと)。そんな瀧本氏が言う「読書は格闘技」とは、いったいどのような意味なのでしょう?


本書の冒頭には、その1つの答えが載っています。

「本書で私が強調したいのは、「読書は格闘技」だということである。(…)書籍を読むとは、単に受動的に読むのではなく、著者の語っていることに対して、「本当にそうなのか」と疑い、反証するなかで、自分の考えを作っていくという知的プロセスでもあるのだ。」(6p)

なるほど。まずは書籍に対して疑ってかかり、反証していくという行為が「格闘技」であると。

とはいっても、このような読書スタイル自体は今にはじまったものではありません。多くの書評記事がそうであるように、あるテーマについて単に1冊の本を取り上げて、その1冊だけに反証していくのでは、下手するとそれ以上の議論の広がりをみせられず、いわばコモディティ書評になりかねないところです("コモディティ"については、瀧本氏の著作『僕は君たちに武器を配りたい』をご参照ください)。


そこで、もう1つの答えであり、この本がもつ、類書と決定的に異なるコンセプトが姿をみせます。

「そこで考えたのが、あるテーマについて、全く異なるアプローチの本を二冊紹介し、それを批判的に、比較検討するという形態で話を進めていこうというものだ。」(本書9p)

ワン・プラス・ワン。というわけで、本書ではよくある書評とは違って、「組織論」「時間管理術」「未来」などの様々なテーマごとに、それぞれ本が2冊ずつピックアップされます。進行としては、まず瀧本氏が本の概要や沿革を紹介したうえで、内容にメスを入れていくというスタイルです。


どの本を格闘技のリングにあげる?


本の選別も様々で、たとえば「Round1 心をつかむ」の章では、『人を動かす』と『影響力の武器』という、ビジネスパーソンに比較的なじみ深い本のセレクトがされています(ちなみに後者『影響力の武器』は、オーディオブック配信サービスの「FeBe」(フィービー)でオーディオブック化されています)。


また、「Round3 グローバリゼーション」の章では、もはやこの分野の古典の感もある『フラット化する世界』と、『文明の衝突』の2冊が取り上げられています(重ねていいますと、前者『フラット化する世界』もFeBeでオーディオブック版が聞けます)。



そのように、多くの人が納得しそうなセレクションもなされる一方で、「Round10 教養小説」のコーナーをみると驚きます。1冊はゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』で、これはまさに教養小説(Bildungsroman)の代表作なので万人納得レベルなのですが、もう1冊はあっと驚くような日本のマンガです。これは是非、みなさんが本書を手にとって確かめてください。


本とどのように「格闘」する?


もちろん、単に本のピックアップが面白いだけではなく、瀧本氏の分析(格闘)も鋭利で役立ちます。


自ら「私は筋金入りの資本主義者であるが、」(8p)と前置きする瀧本氏。先ほど挙げた『影響力の武器』を語る際には、「この本は(…)「防具」として、一般読者に届いていない。(…)私は消費者が間違った判断をすることは市場の効率性を妨げる害悪だと考えている。だからこそ、ビジネスマンだけでなく、広く読書に関心がある人(…にも)防御力を高めて欲し」いと持論を展開されています(21p)。


また、『文明の衝突』については、「冷徹なリアリズムに基づいて、現実の紛争をなるべく回避するための知恵を提示しようとしている」と評価したうえで、「(一文明で一国家という)特殊な位置にいて何か役割を果たせるかもしれない日本人がこれからの生き方の指針を考える上で」武器になる一冊であると、原著の文脈を離れてポジティブな使い方を提案されています(45p)。


このように、本書では瀧本氏によるわかりやすい要約にはじまって、評論、思考の筋道も示されており、まずこの2冊の本と瀧本氏の間のバトルロイヤル」(9p)自体が多くの読者の役に立つでしょう。

ただ厳しいことに、読者は、単に格闘技の「観客」で居続けることは許されません。
瀧本氏は続けてこう言います。

「読者自身が、読書を通じて、この「評論」という名の格闘技に「参加者」として、主体的に関わって頂きたい。つまり批判的に比較し、それまでの自分のものの見方と戦わせて頂きたい」(10p)


あらま。この本の読者にも、本との「格闘」が求められています。
受け身の読書ではなく、読書を通じて積極的に自分で考えることが重要であると。

なので、このコラムも単に「ああ読み終わったー。瀧本さんの新刊おもしろかったー。よかったよかった。さて仕事に戻るか。ところで瀧本さん、クーリエジャポンの連載はいつ本になるんですか?」という戯れ言で終わらせるわけにはいかなくなってきました。


というわけで、ここから先は、読書の「格闘技」の世界に、ほんの半歩だけですが、足を踏み入れてみましょう。

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Talking "Justice" seriously? —正義・国家・リバタリアニズム—


本書は読みどころに満ちていますが、読者ごとに、"お気に入り"の章は違ってくるかと思います。

私にとっては、いちばんワクワクした章は、「Round9 正義」の章でした。
この章は、いま大学で、法学部や経済学部など文系の学科にいる学生の方々に強く勧めたいものがあります(もっというと、進学を考えている高校生の方にも)。
以下では、この「正義」の章に少しだけ補助線を引きつつ、詳しくご紹介してみましょう。


まず前置きとして、「正義」ほど、現代において取り扱いのむずかしいコトバはないでしょう。瀧本氏も本書で語っているように、「「正義」を積極的に口にする者は他の価値観を認めない原理主義者のなかに多く見られるため、結果的に「正義」は「風評被害」にあっている。」(108p)


その一方で法律業界をみると、法哲学の領域などでは正義論が掘り下げられている反面、最高裁の判決では文脈のよくわからない形で、唐突に「正義」や「社会正義」といったフレーズが出てきて、戸惑うこともあります(単に今ふと思い出したというだけで、1つだけ例を挙げるなら、有責配偶者からの離婚請求の余地を認めた最大判昭和62年9月2日民集第41巻6号1423頁など)


話を戻すと、『読書は格闘技』の正義の章では、(マイケル・サンデルの例の本ではなく、)ジョン・ロールズ『正義論』(原著初版は1971年)と、ロバート・ノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』(原著1974年)という、言ってみれば現代の古典がピックアップされています。

このセレクトはとても手堅く、東大法学部で研究者としてのキャリアを経験された瀧本氏のバックグラウンドを連想させるものがあります。とはいえ、本章の魅力はセレクトのさらに先にあり、具体的には次の2点です。

(1)情報密度


1点目は情報の密度です。『読書は格闘技』を通読した感触として、この9章は他の章にくらべて、とくに議論の密度が詰まっているように思えます。1章あたりわずか10頁ですが、情報量が異様に多いのです。ぎゅうぎゅう

原因としては、まずそもそもロールズとノージックの本はどちらも第一級の研究書であり、どちらも元の議論が濃すぎるからということがあります(ちなみにロールズの『正義論』はとても分厚く、値段も7,500円+税です)。

さらに、瀧本氏による圧縮方法も比類のないものがあります。たとえばロールズの『正義論』のエッセンスはわずか2ページに凝縮されています。なんという超絶テクニック。もちろん、たんに重要な情報が取捨選択されているだけでなく、短いながらロジックの運びにも意を配られているので、正義論のポイントを要領よくつかむうえで、とくに学生の方にはよい教材になると思います。


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(2)現実分析への応用


魅力の2点目は、ここでの議論がたんなる机上の学問にとどまらず、近時の現実の動きを説明する道具としても参照されている点です。

Round9のタイトルは、「正義」だけですが、ノージックがピックアップされていることからもわかるように、本文では国家論や、格差是正(この文脈でトマ・ピケティの名も一瞬出てきます)、そしてリバタリアニズムの議論も展開されています。そのうえで瀧本氏は、ノージックの「最小国家」の議論を参照しつつ、次のように現実分析を試みます。

「税金の高い国から個人や企業が他国へ移動したり、財政破綻国家であるギリシャが事実上、EUの管理下に入ったのを見れば、「国家」サービスが選択されたり、統合されたりすることが現実に起きていることがわかる。また、州ごとに法制度が違うアメリカでは、会社法が優れているデラウェア州には本社登記をする会社がその生まれた国にかかわらず集中している。そういう意味では「国家」も流動的ではある。」(116p)


このくだりをみて、私は瀧本氏の前著『戦略がすべて』で展開されていた、「国家も一種のプラットフォームであり、どういったブランドで人を集めるかが重要だ」という趣旨の議論(同書34p)や、さらに地方自治体間の人口移動に関する議論(同書22節)を思い出しました(余談ですが、この『戦略がすべて』は、瀧本さん流の「考えるヒント」というべき一冊です)。

そして、そこから紐づく形で、『読書は格闘技』の「Round5 どこに住むか」で展開されている「移住クーポン」の話(69p)をリンクさせる読者もいるでしょう。


このように、自分の蓄えた知識をリンクさせて新しい気づきを得るのが、読書の醍醐味の1つといえます。たとえば、現役の大学生のなかで、これから省庁や自治体にコミットして、都市政策や、国家政策に寄与したいと考えている学生の方は、上記の議論に目を通しておくと有益な示唆を得られるでしょう。


(3)価値観からの逃走?


ついでに、学生向けということで補足すると、このRound9の記述のなかには、法学部生にちょっぴり刺激を与える、次のような言及もありますね。

「様々な社会科学は価値観の問題から積極的に逃げ始めた。(…)法律学は、実際には規範的な判断を含んでいながら、法体系を判例の統一的な説明という論理操作の帰結のように見せることで、価値観や正義の問題の範囲を制限した」(108p)

なるほど。ここについてはさらに議論もありうるところで、たとえばこの話は、判例法の国にはあてはまりやすいものの、成文法の法体系を編む国では別の議論ができるのでは?と思う方もいるでしょう。そんなあなたは、すでに「格闘技」としての読書に片足を踏み込んでいますよ


(4)ブックガイド拾遺


ちなみに『読書は格闘技』の各章には、瀧本氏からの補足のブックガイドが備えられています(これは『小説すばる』の連載時にはなかったものですね)。

「Round9 正義」の章のブックガイドとしては、F・A・ハイエクロナルド・ドゥオーキンの主著が挙げられていますが、書籍を手にとってややヘヴィと感じる学生もいるかもしれません(そういえばH.L.Aハートは新訳が出ましたが、ドゥオーキンもいずれ新訳が出るのかしらん)。

私もこの分野の本は少しだけ持ってますので、(最近の研究は全然フォローできておらず恥ずかしいですが、)他の有益な本もいくつか挙げておきましょう。

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たとえば、ロールズやノージックの議論を汲んだ井上達夫『共生の作法』(創文社、1986年)は法哲学への入口の一助になるものです。
ロナルド・ドゥオーキンへのリンクとしては、長谷部恭男『比較不能な価値の迷路』(東京大学出版会、2000年)が半ば欠かせない1冊ですね。
リバタリアニズムへの入門編としては、森村進『自由はどこまで可能か』(講談社現代新書、2001年)が概観を与えてくれるでしょう。
そして、瀧本氏のブックガイドにも挙がっている長尾龍一教授については、より入手しやすい『法哲学入門』(講談社学術文庫、初版1982年)があり、文庫ですがこちらも十分に奇書です


それぞれの教授が、正義論の原典とどのように「格闘」したかを、ぜひ自分の目でお確かめください。


終わりにかえて 〜旧作オーディオブック版のご紹介


さて、思ったよりも長文になってしまいましたが・・このブログを読んで気になった方は、『読書は格闘技』を手にとってみることを勧めます。(ちなみにブックデザインは鈴木成一デザイン室が手がけており、紙質やデザインからも得るものがあります)。


この記事ではあまり触れられませんでしたが、『読書は格闘技』では、瀧本氏の以前の著作とリンクしている部分も見られます(たとえば、10章で言及された税所篤快氏については、『君に友だちはいらない』51p〜を参照。8章や9章で言及のあるピーター・ティール氏については、瀧本氏が序文を寄せた『ゼロ・トゥ・ワン』が面白いです)。


そんな瀧本氏の著作の多くは、「FeBe(フィービー)」でオーディオブック化されており、なかには瀧本氏が自ら語る特典音源が付いたものもあります。以下にズラリとご紹介。


『武器としての決断思考』オーディオブック
(特典として、瀧本氏の特別講義「決断思考で世の中の見え方が180度変わるトレーニングの方法」を収録)



『僕は君たちに武器を配りたい』オーディオブック
(特典として、瀧本氏の特別講義「今の会社にいるままで投資家的に行動する3つのポイント」を収録)



『武器としての交渉思考』オーディオブック
(特典として、瀧本氏の講義「武器としての交渉塾 ~もしあの人が、交渉という武器を手に入れたら~」を収録)



『君に友だちはいらない』オーディオブック
(特典として、「瀧本特別講義~最強のチームの作り方~」を収録)



『ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか』オーディオブック
(特典として、ビジネス書大賞2015記念トークセッション「ビジネス書から見る世界のビジネストレンド」を収録)



さらにおまけにもう1つ・・・
「新刊ラジオ第2部プレミアム 今週のスゴい人(2011年12月 エンジェル投資家・瀧本哲史)」



『読書は格闘技』を経て、さらに書籍との「格闘」を続けたい方は、これらの作品にも目を(耳を?)通してみてくださいね。


それではまた。



この記事のライター:ヨネツキ

法学部出身者。遅まきながらBABYMETALにハマっています。

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