こんにちは、ヨネツキです。
めっきり気温が下がりましたね。私もちょっと風邪をひいてしまいました。
今は秋、ということを思いだします。
秋といえば、7月に書いた記事(「出版権」について、作家と出版社が注意すべき2、3の事柄)のなかで、「出版契約書のヒナ型が、秋頃にアップデートされるだろう」と書きましたが、先日、書協(日本書籍出版協会)のサイト上で公開されたようです。
すると、気になるのは・・・もしもこの「ヒナ型」のとおりに契約したら、作家の方と、出版社の権利は、それぞれどうなるのでしょうか??
業界関係者の方からご好評いただいた7月の記事につづいて、今回は、「出版契約書」の話題をおとどけします。
契約書の「ヒナ型」とは?
最初にことわっておきますと、これからとりあげるのは、あくまで出版契約書の「ヒナ型」。
つまり、書協のウェブサイトにあがっている3種類の契約書のうち、
「①出版権設定契約書ヒナ型1(紙媒体・電子出版一括設定用)2015年版『出版契約書』」
をベースにご説明します(word版とPDF版があります)。
出版社によっては、ヒナ型の条文をアレンジして、独自の契約書を作っているところもあるみたいです。以下のレビュー(?)は、そういうケースにはあてはまらないので、ご注意ください。
さて、なるべくイメージしやすい、具体的なケースで考えてみましょう。たとえば・・・
★★ ケース例 ★★
作家のハヤシさんが、小説「エフの悲劇」を書きあげて、出版社のモダン社に原稿を持ちこんだとします。モダン社はハヤシさんの才能に驚いて、すぐに出版を決定。紙の本と、電子書籍の2種類でリリースすることにしました。
ハヤシさんと、モダン社は、出版時期やPRの方法などをよく話しあって決めたうえで、出版契約書のヒナ型どおりに、契約書にサインしました。
・・・さて、この場合、ハヤシさんと、モダン社はそれぞれどんな権利をもち、何ができて、何ができないのでしょう?
契約書の条文を、超訳してみた
というわけで、重要なポイントにしぼって、契約書の条文をどんどん超訳していきます。(ぜんぶ読むと長いので、ご関心のある点だけ拾い読みしてください)
★ まず大前提 : ハヤシさんは、『エフの悲劇』の文章の「著作権」をもちつづけます
まずは条文にはっきり書いてない大前提から。
「著作権」は、あくまでハヤシさんのもとにあります。モダン社に著作権を渡すことにはなりません。
あれ?
しかし著作権のなかには、文章のコピーOK権(複製権)や、販売OK権(譲渡権)、さらに、ネットにアップしてもOK権(公衆送信権)などがあるはず。
ハヤシさんは著作権をもったままなのに、なぜモダン社は出版できるのでしょう? その答えは・・・↓↓
★ モダン社は、『エフの悲劇』の出版を独占できます(1条(1)、2条(1)①②③)
「著作権」とはべつに、出版だけにつかえる特殊なスキームの「出版権」というものがあります。
このヒナ型では、ハヤシさんはモダン社に対して、「出版権」の設定をしているので、『エフの悲劇』の出版については、モダン社だけが独占できるのです。
そんなわけで、モダン社は、次の3パターンで出版できます。
① 紙の本での出版
② DVD-ROMやメモリーカード等での販売 (* 本コラムでは以下割愛)
③ 電子書籍での販売(ダウンロード、ストリーミングのどちらもふくみます)
そして、ほかの出版社は『エフの悲劇』を出版できません。
★ モダン社は、電子書籍を、Amazonやkobo等のサービス経由で配信できます(2条(3))
条文をみると、モダン社が「第三者」に対して、出版利用を再許諾うんぬん・・・となっています。
とつぜん「第三者」なるものが出てきましたが・・・はて? 第三者とは? Who inside?
たとえばAmazonや、kobo(楽天)は第三者の一例でしょう。ハヤシさんからみると、モダン社が配信してくれるようにみえるかもしれませんが、いちおう電子書籍をつくるモダン社と、配信するAmazonは、法人としては別もの。
なので、契約書では、Amazonなどは、「第三者」あつかいになります。
ちなみに、モダン社は、電子書籍をつくる際には、見出しやキーワードをつけることもできますよ(2条(2))。
★ ハヤシさんは、『エフの悲劇』と、一部でも同じ作品や、明らかに類似する作品、同タイトルの作品などを、ほかの出版社から出せません(3条(1))
まあ、そりゃそうですよね。もし似たような作品をほかの出版社から出せたら、モダン社が『エフの悲劇』の出版を独占した意味がなくなりますよね。。。
★ ハヤシさんは、自分のホームページや、研究機関の情報リポジトリなどで、『エフの悲劇』をアップしようとしたら、あらかじめモダン社に言ってOKをもらわなければいけません(3条(2))
出版権のなかなかシビアなところはここ。
モダン社が出版を独占できる結果として、なんとハヤシさん自身も、『エフの悲劇』の文書を自由にアップできないようになってます。
★ モダン社は、契約書のラストの表に書かれたとおりに、ハヤシさんに発行部数の報告をして、印税を支払います(4条(1))
つぎは大事なお金の話。
印税計算に関しては、じつは細かいフレーズの違いが重要だったりするので、よくよく読み込んでおいたほうがよさそうです。たとえば・・・
☆ 紙の本は、「実売部数」ベースで計算するのか、それとも「発行部数」ベースなのか?
☆ 電子書籍の場合は、「希望小売価格」ベースで計算するのか、それとも「値下げした後の実受領価格」ベースなのか?
などなど。
ちなみに、請求書は発行しなくても、振り込んでもらえるのが出版業界なのです。
★ モダン社は、『エフの悲劇』の書籍をあちこちに献本したり、(PRが見込めそうな人に)電子書籍のデータを納品できます。そのぶんの部数は、印税として入ってきません(4条(2))
いわゆる「献本」文化ですね。
たとえば、影響力のある書評家さんや、ブロガーさんへの献本もここに含まれそうです。
ただし、ハヤシさんとしても、無制限に本をバラまかれたら困るので、部数の上限を決めることができますよ。
★ ハヤシさんは、契約終了後は、『エフの悲劇』をほかの出版社から出すこともできます。ただし、モダン社がつくりあげた「版面」それ自体は使えません(5条(1))
最初に書いたように、『エフの悲劇』の著作権それ自体は、ずっとハヤシさんのもの。なので、この契約が終わったら、ほかの出版社から出すこともできます。
しかし、「版面」(はんづら。はんめん = 本のページそのものの印刷用データをご想像ください)それ自体は、モダン社のプロの方が汗を流してつくったもの。ハヤシさんは流用できないようになってます。
★ 出版社は、契約書で決めた期間内に、『エフの悲劇』を出版しなければいけません(8条(1))
ここも出版権の特徴ですね。
モダン社は、『エフの悲劇』の出版を独占できますが、そのかわりに、一定期間内にかならず出版するノルマが課せられます。
ちなみに、契約書に期間がまったく書いてなければ、6か月になります(著作権法81条1号)。
長くなったので、このへんでコーヒーで一服。ふう・・・
さて、続きを。。。
★ 増刷のときにハヤシさんが『エフの悲劇』を修正したり、書き足したり、一部削除したくなったら、モダン社に相談して、「通常許容しうる範囲」でのみ修正できます(10条2項)
ハヤシさんとしては、あとでいろいろ考えなおして、修正したいなあ・・・と思うこともあるでしょう。でも、モダン社としては、せっかくつくった「版面」をまた修正するのはいろいろ大変です。
そこで、「通常許容しうる範囲」のみの修正が認められます。
実務上は、たとえば「版組の修正がいらない程度の修正」や、「誤記の訂正」などであればOKといわれてますね(村瀬拓男『電子書籍・出版の契約実務と著作権』17p)
ちなみに、電子書籍の修正なら・・・? 紙バージョンの版面を修正するよりは簡単なのかしら??
・・・このヒナ型をみてみると、「協議して決める」としか書かれてないのでした(10条3項)。
― 「誰が決めるの?」 「君が決めるんだ」。
★ モダン社は、契約期間のあいだにいちどユーザーに送信された作品については、契約終了後でも、ユーザーのサポートのために、再ダウンロードさせることができます(13条2項)
過去に電子書籍をダウンロードしたけど、機種変更したりして、手元のデータが今はもうない場合などに出てくる、ユーザーの再ダウンロードの権利というやつですね。
ヒナ型でひとつ気になる点は、ダウンロード販売だけでなく、ストリーミング配信の場合も、同じようにユーザーのサポートとして電子書籍を送信できる、という構成に読めることです。ふうむ・・・
★ ハヤシさんは、『エフの悲劇』が他人の著作権などを害していないことをモダン社に保証します。もしも他人から「『エフの悲劇』は盗作だ!」といわれてモダン社に損害が生じたりしたら、ハヤシさんが責任をとって、お金を払ったりいろいろして解決します(15条)
もちろん盗作や、ほかの人の肖像権を害するような作品を出したらアカンです。いつか問われる。
★ 2次利用(メディア・ミックス)の権利処理などは、モダン社におまかせします。ただ、モダン社は、具体的な条件についてはハヤシさんと相談したうえで決めなければいけません(16条)
まあこの手の、メディアミックスのノウハウは、圧倒的にモダン社の側がもってるとは思いますが・・・
でもハヤシさんが「主演は綾野剛さんがいいな・・」と思ったときは、ぜひモダン社に相談してみましょう。
★ ヒナ型の条文に反したら、契約解除されるかもしれません(19条)
以下はちょっと余談ですが・・・解除の条文をみてたらフト思ったので、ちょっと不謹慎なケースを考えてみましょう。
『エフの悲劇』が増刷されて、印税支払が12月、と契約書に書かれたものの、不景気やら何やらでモダン社の資金繰りがうまくいかず、11月に倒産してしまったようなケースです。うーむ。。。予期しないエラーです。
この場合、契約書には、ハヤシさんとモダン社で協議して定める(23条)としか書かれてません。
しかし、倒産した場合は、モダン社の担当さんはどこか遠い国へ行ってしまったり、あるいは裁判所から命ぜられた弁護士の先生がテキパキ仕事して、たくさんいる債権者のみなさんに残った財産を分配することになりそうです。
すると、ハヤシさんとしては、もはや自分に有利なように協議するようなスキはなく、印税は・・・おそらくほとんど支払われないでしょう。フェールセーフ機能はありません。
はて、じゃあどうすればいいかというと・・・おっと、こんな時間に誰か来たようです。
★ ハヤシさんが仮にペンネームだとしたら、モダン社は本名の秘密をまもってくれます(20条)
いわゆる秘密保持ですね。
ここはハヤシさんより、N尾I新さんや、M城O太郎さんを思い浮かべたほうがわかりやすそうです。
★ 海賊版が違法にアップロードされたりしたら・・・ハヤシさんとモダン社は、「協力して」「合理的な範囲で」「適切な方法により」対処します(24条)
一見、なんじゃこりゃと思うような、あいまいな書き方ですが、そうはいっても海賊版もいろいろ。何がおこっても柔軟に決められるように、ヒナ型ではゆるい条文になっているのでしょう。好きにしてもOK。実際はモダン社が動くことが多い気もしますが。
終わりに
というわけで、ざっと条文を超訳してきましたが、いかがでしたか?
作家の先生方としては、契約書のような、非・文学的な、味気ない文章をみると頭がイタくなるかもしれませんが、そうはいっても重要なので・・・。あとでトラブルにならないよう、この機会にぜひ一度ご覧ください。
それではまた。
藤沢久美の社長Talk 『出版の常識を覆す、絶版のない出版社』
法律ネタの記事など担当。
森博嗣氏の作品では、「双頭の鷲の旗の下に」がフェイバリットです。
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