あなたの身近な著作権(1) なぜラーメン屋のオッチャンは、お店でテレビ番組を流せるのか?

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こんにちは、ヨネツキです。

いい天気だったので、青空の下で気持ちよくこの原稿を書こうと思って代々木公園に向かいましたが、例の蚊のニュースを思いだして途中でやめました。


街をぶらぶらしながら、次の記事は何のネタにしようかなあ、そういえば文化庁で、クラウドに関する著作権法改正の会議がはじまったから、そこらへんの最新の話題を書こうかなあと考えつつ、目についた近くのラーメン屋に入りました。


いや、ラーメン屋というよりも、古びた中華料理屋です。とんねるずの番組に出てきそうなアレです。

壁のしみ。背もたれのないパイプ椅子。白い壁にこびりついたタバコのやに。水着のアイドルが砂浜でにっこり微笑むビールのポスター。中華鍋を黙々とふる大将の横顔。そして古いテレビから流れるバラエティ番組。。。


液晶画面でオードリーの2人が例によってイチャついてるのを見ているうちに、そういえば「飲食店でテレビ番組を流すこと」も著作権法のネタだったなあ、と思いだしました。

そこで、今日は時代の流れに思いきり逆行して、古びた著作権トリビアをお届けします。
題して、「なぜ飲食店は、お店でテレビ番組を堂々と流せるのか?」。


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1 テレビ番組は誰が流せるの?


ここまで読んで、ほとんどの方は「そんなこと、当たり前だろ!」「わざわざ書くな!」と若林正恭ばりにツッコんだことと思います。


でも、よくよく考えると、それほど当たり前のことでしょうか?

テレビ番組は著作物ですし、番組の伝達権は、あとで述べるように著作権をもってる放送局などが独占しています。
ラーメン屋の大将は、ときには野球中継を流しながら、常連のオッチャンたちと「今日は大事な一戦やけど、藤浪の肩の調子はどないや!?」などと熱弁をふるってるわけで、うがった見方をすれば他人の著作物をタダで使って集客しているようにも見えてきます。

はて、どうして、テレビ番組を流すことは許されるのでしょう?


(1)伝達権とは?


まず法律の立て付けを、かんたんに説明します。
著作権法の23条は、「テレビ番組を公衆に伝達できるのは誰なのか?」について書いた条文です。

23条1項
著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあっては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。
23条2項
著作者は、公衆送信されるその著作物を受信装置を用いて公に伝達する権利を専有する。


この2項をご覧ください。法律のコトバは1つずつ意味があるので、ちょっとダラダラ解説しておきますね。

「公衆送信」にはいろいろな意味がありますが、テレビ番組の放送もふくまれています。「著作物」はテレビ番組のことで、「受信装置」とは、要するにテレビ本体ですね。

テレビ番組の「著作者」は、とりあえずテレビ局とお考えください(たとえばNHKは、ほとんどの番組の著作権を持ってることをウェブサイトで公表しています)。
「公に伝達する」というのは、お店にやってきた不特定のお客さんに、テレビをそのままリアルタイムで流すという意味だと思ってください(録画したものを流すことは、含まれていません)。


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そのため、23条2項を超訳するとこう読めます。
「テレビ番組をお客さんに見せることができるのは、テレビ局だけである」
あれ? これだとラーメン屋のオッチャンは、テレビ局からOKをもらわなければ、お店でテレビを流せないことになりそうです。



(2)自由にテレビ番組を流せる場合は?


ややこしいですが、オッチャンを救うには、もう1つの条文を見なければなりません。
著作権法の38条3項です。

38条3項
放送され、又は有線放送される著作物(放送される著作物が自動公衆送信される場合の当該著作物を含む。)は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金を受けない場合には、受信装置を用いて公に伝達することができる。通常の家庭用受信装置を用いてする場合も、同様とする。


この条文は、前半と後半で、2つの違う内容をふくんでいます。


前半を超訳すると、「営利目的じゃなく、かつお客さんから料金をとらない場合には、お店はテレビ番組を自由にお客さんに見せることができる」という意味です。
でも、ラーメン屋は営利目的でやってるので、これには当てはまりませんね。

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それでは、後半はどういう意味でしょう?

「通常の家庭用受信装置を用いてする場合も、同様とする」??


はて、「同様とする」は前半のどの部分のことを言ってるのか。営利目的があってもいいのかしら、ダメなのかしら?


法律の条文は、時にはウザいくらいしつこく書いてるときもあれば、反対に省略しすぎて迷う場合もあって、この条文も省略しすぎたパターンかもしれません。

著作権法の専門家で、かつて文部省で立法審査などを担当された作花文雄氏も、この条文の作りについては「不明瞭なものと言わざるをえない」、「知っている人には分かるという条文は、立法技術として妥当なものではない」とキビしく批判されています(『詳解著作権法[第4版]』368頁より)。


・・・いまこの記事を書きながら、ふと、「ひょっとしたら英訳バージョンのほうが日本語よりもわかりやすいんじゃないか!?」と思いついて、英訳データベースサイトでチェックしてみました。

Article 38
(3) It shall be permissible, for non-profit-making purposes and if no fees are charged to the audience or spectators, to communicate to the public, by means of a receiving apparatus, a work already broadcasted or wire-broadcasted (中略). The same shall apply to such public communication made by means of a receiving apparatus of a kind commonly used in private homes.



ふうむ・・・。わかりにくい部分まで忠実に翻訳しなくても・・・

というわけで、気をとりなおして後半部分を正しく超訳すると、「テレビ番組を『通常の家庭用受信装置』で流す場合は、たとえ営利目的であろうと、お客さんから料金をとろうと、すべてOK」という意味なのです。


ラーメン屋のオッチャンは、この条文のおかげで、『通常の家庭用受信装置』を使うぶんには、お店でテレビ番組を放送できるのでした。めでたしめでたし。トゥース!


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2 なぜこんな条文があるのか?


さて、春日のマネして強引に話を終わらせてしまいましたが、みなさんは、2つのことが引っかかったと思います。


(1)『通常の家庭用受信装置』とは?


1つ目は、『通常の家庭用受信装置』っていったい何? という点。


これは文字どおり、ふつうに家庭で使うよう市販されてるテレビやスピーカーのことですね。

ただ、大手の家電量販店に行けば、60インチを超えるようなワイド液晶テレビがずらりと並んでいるので、今やどこまでが家庭用なんだという気もしますが・・・拡大投影装置(プロジェクターのこと?)や、ラウドスピーカー(拡声器)はこれに含まれないと言われたりもして、境目があいまいですね。


ということは、極端なことをいえば・・・昭和の風情が色濃くのこった超オンボロなラーメン屋のなかに、秋葉原の量販店で買ってきた60インチ・超高画質の自宅用ワイド液晶テレビと、オーディオマニアむけの自宅用高音質スピーカーをどーんと設置して阪神・巨人戦をみても、いちおう著作権法的にはOKということになりそうです。・・・まあ、このラーメン屋は税務署に目をつけられる気がしますが。


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(2)わざわざこんな条文をつくった背景とは?


もう1つ引っかかるのは、どうしてわざわざこんな条文が作られたの? という点。


この38条3項をはじめ、いまの著作権法の条文の大半がつくられた(全面改正された)のは、1971年(昭和46年)のこと。
当時、文部省で法改正に携わった1人である加戸守行氏は、この条文が作られた理由を次のように述べています。

ラジオ・テレビがこれだけ普及した我が国において料金を取ってお客に視聴させることは実際問題として考えられませんから、料理飲食店等の営利事業においてラジオ・テレビを通常の家庭内受信機・受像機でお客に視聴させる行為に著作権が及ばないことに意味がございます。まだ我が国では、そこまで著作権を及ぼすことに社会的・心理的抵抗が強いと考えられるからでございます。
  加戸守行『著作権法逐条講義 六訂新版』306頁



・・・というわけで、「実際問題として考えられない」、「社会的・心理的抵抗が強い」というたいへん国民に配慮した理由で、わざわざ法律が作られたようです。

たしかに、統計をみると、1968年の時点で白黒テレビの普及率はほぼ100%、カラーテレビも1969年から74年の5年間で爆発的に普及してますね。まさにテレビ全盛期。
昭和の記録映像や、映画などで1970年前後の風景をみると、ラーメン屋や定食屋の台の上には、14インチくらいのテレビがちょこんと置かれてますよね。



ただ、よくよく考えると、「社会的・心理的抵抗が強い」にもかかわらず著作権が及ぼされちゃったケースはいろいろありますよね。それよりむしろ、テレビは(NHKの受信料をのぞけば)どこでもタダで見られる以上、飲食店でみんなでわいわいテレビを見ても、テレビ局など権利者側へのダメージが少ないからと考えたほうがわかりやすいかもしれません。


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終わりに ― お腹、すきましたか?


・・・というわけで、短くまとめるつもりが、やっぱり長くなってしまいましたが、いかがでしたか?


次回は、冒頭でもふれたクラウドと著作権法の会議の話題でも書きたい・・・ところですが、会議資料や討論をざっと見聞きするかぎり、どうもクラウドと縁のなさそうな方がナゾの議論を展開されたりしているようで・・・うーむ、私には若林のような愛にあふれたツッコミはまだできそうもないので、しばらくはこのネタにはふれず、古臭い話題をつづけてみようと思います。


ラーメン、ラーメンとしつこく書いたので、そろそろみなさんもお腹がすいてきた頃でしょうか。寝る前の、すこし小腹がすいた時間帯にこの記事を読まれた方には心よりお詫び申しあげます

次にラーメン屋に行ってテレビを観るときは、著作権法のことも思いだしてくださいね。
それではまた。Bye!




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この記事のライター
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ヨネツキ
六法をめくったり、契約書をいじったりする人。
法律ネタの記事など担当。
ラーメンといえば、大阪の「古潭」の味が好みです。



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